薄暗くなりかけた夕方、私は仕事の疲れを引きずりながら家へと帰る。
静まり返った通りを歩き、家に近づくと、突然鼻をくすぐる甘い香りが漂ってきた。
その香りはどこか懐かしく、心地よい。
何だろう?と首をかしげながら家の中へ足を踏み入れた。
玄関に入ると、その香りは一層強くなり、私の注意を引きつけた。
何か特別な料理でも作っているのだろうか?
キッチンを覗いてみると、食事の支度は終わっていたが、その匂いの元は見当たらなかった。
不思議に思いながら窓を開けると、さらに香りが濃くなり、外からのものであることに気がついた。
一歩外に出てみると、その香りの正体がはっきりした。
家の裏にそびえる木の花から漂う香りだった。
Googleレンズによると、「くさぎ」という植物らしい。
花は甘い良い芳香を漂わせるが、葉を傷つけると臭いのでこの名前がついたらしい。
目を凝らしてその花を見つめると、白く小さな花が密集して咲いているのが見えた。
その光景は毎年の恒例となっていたが、なぜか今年は特に強く感じられた。
いつも通りの日常の中に潜む小さな驚きに、思わず微笑んでしまった。
この木は何年も前からここにあった。
だが、その存在を意識することはほとんどなかった。
日々の忙しさに追われ、周囲の景色や変化に目を向ける余裕がなかったのだろう。
しかし、今日のこの瞬間、ふと立ち止まり、花の香りに包まれることで、忘れていた記憶がよみがえってきた。
季節ごとに花を咲かせ、周囲にその存在を知らせていた。
だが、いつしかその香りを感じることなく通り過ぎるようになっていた。
今日、再びその香りに気づくことで、私は自分の過去と向き合う機会を得たのだ。
何年もの間、同じ風景を見続けていたが、その中には変わらないものと変わり続けるものがあった。
家の裏の木はその一例だ。
毎年同じ時期に花を咲かせ、同じ香りを放つことで、私たちに季節の移り変わりを知らせてくれる。
だが、その香りを感じ取る心の余裕がなければ、そのメッセージは届かない。
この瞬間、私は再びその香りを感じることができた。
過去の記憶がよみがえり、心が温かくなった。
家の裏の木は、静かに私たちに語りかけているのだ。
日々の忙しさに追われることなく、立ち止まり、自然の美しさや変化を感じ取ることの大切さを教えてくれている。
木の花が放つ香りは、私にとって特別なものとなり、これからも毎年この時期に香る匂いが楽しみになった。