昼下がりの淀川区の片隅にその店はひっそりと佇んでいた。
暖簾には大きく「お食事処」とだけ書かれている。
どこかの時代に取り残されたような風情を漂わせている。
外からのぞくと、年季の入った木の扉が出迎えてくれる。
そこにたどり着いたのは偶然だった。
昼飯をどこで取ろうかと彷徨っていた俺の足を止めたのは、手書きで書かれた定食のメニュー。
見て驚いたのはその値段だった。
「とんかつ定食 600円」。
このご時世、600円のとんかつ定食なんて聞いたことがない。
まるで昭和にタイムスリップしたかのような錯覚を覚えた。
俺はふらっと店内に入り、カウンター席に腰を下ろした。
薄暗い店内には常連らしき客が数人。
誰もが無言で黙々と食事を楽しんでいる。
考えるまでもなく、600円のとんかつ定食を頼むことに決めていた。
しばらくして運ばれてきたのは、驚くほどシンプルな一皿。
キャベツの千切り、ポテトサラダ、味噌汁、ご飯、そして主役のとんかつ。
外はカリッとした衣に包まれ、サクッと噛んだ瞬間にジューシーな肉汁が溢れ出す。
600円でこれか。
思わず目を細める。
噛むたびに、パリッとした衣と中のジューシーな豚肉のバランスが絶妙だ。
どこの高級店にも負けない美味さだと断言できる。
思えば、時代は進んでも、この街角の店は変わらない。
外の喧騒とは無縁で、ここだけが別の時代を生きているようだ。
現代の都会の中心部では、ランチが1000円を軽く超えるのが当たり前。
しかし、この店は、そんな風潮に背を向け、600円で上質な一品を提供し続けている。
「とんかつがまずい店なんて、そうそうない」と誰かが言っていたが、この店のそれは別格だ。
600円でこのクオリティを出すなんて、信じられない。
時代錯誤かもしれないが、逆にそれがこの店の魅力であり、常連たちを引き寄せ続けている理由なのだろう。
名を伏せているのは、この店の特別感を壊さないため。
あまり有名になって、行列ができるのは避けたいところだ。
しかし、いずれどこかでこの価格破壊の話が広がり、脚光を浴びる日が来るだろう。
淀川区の片隅でひっそりと輝くこの場所が、いつまでも変わらずそこにあることを願う。