夜が静まり返り、街灯が滲むほどの湿った空気がまとわりつく。
私は黙々と歩き続け、古びた家の前にたどり着いた。
手にはライターとおがら、そして心に詰まった言葉があった。
「迎え火」という儀式。
火を灯し、亡き者の魂を家に導く。
だが、私にはそれが何よりも重い仕事のように感じられた。
最後に交わした言葉も、残されたものも、すべてが燃えるかのようだった。
藁に火をつけると、パチパチと音を立てながら炎が小さく揺れた。
風が吹き、火は一瞬で大きくなり、闇を裂くように輝く。
目を細めながら、その火を見つめる。
過去の断片が頭の中で次々と浮かんでは消えた。
「お帰りなさい」と心の中で呟く。
それは祈りか、感謝か…自分でも分からなかった。
ただ一つ分かっていたのは、この火が父の魂を導くということだけだった。
火は徐々に小さくなり、最終的には静かに消えた。
煙の残り香が漂う。
吸い込んだ煙とともに、無言の対話が始まる。
迎え火の煙が夜空に溶け込み、やがて見えなくなる。
それと同時に、重かった心も少しだけ軽くなった気がした。
私の人生の中で、火を灯し、そして消す。
その行為はこれからも続くのだろう。
でも、今夜だけは少しだけ違った意味を持っていた。