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シングルモルトとアウトドアを楽しむブログ

逢坂の関

昼下がりの太陽が照らす中、私は車を走らせていた。

いつもならば、高速道路を使って時間を短縮するところを、今日は気まぐれで下道を選んだ。

 

都会の喧騒を背に、窓を少し開けると、柔らかな風が車内に流れ込む。

 

どこか懐かしい匂いが、微かに鼻をくすぐる。

その瞬間、ふと標識が目に入った。

 

「逢阪の関」

 

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その言葉に心が反応した。

 

蝉丸の詠んだ歌が、かすかに頭をよぎる。

 

「これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関」

 

古くからの言葉が、静かに胸に響く。

 

木々の影が道路に落ち、風が枝を揺らしていた。

その時、不意に鼻をくすぐる香ばしい匂いに気づいた。

 

うなぎだ。

 

炭火で焼かれるうなぎの香りが、私を引き寄せた。

 

車を停め、店の前に立つ。

 

 

古びた木造の建物から、白い煙が細く立ち上り、周囲に香ばしい香りを漂わせている。

 

店の入り口には、暖簾がかかり、その隙間から店内の活気が漏れ聞こえる。

 

中には、家族連れや一人客が思い思いに食事を楽しんでいた。

 

空腹を覚え、足を進めようとしたその時、視界に「満席」の文字が飛び込んできた。

 

私は戸口の前で立ち尽くした。

 

昼下がりの日差しが、私の影を長く伸ばしている。

うなぎ屋の入り口からは、次々と客が入っていく。

誰もがその香りに誘われ、満足げな表情を浮かべているように見えた。

 

だが、店に入ることができなかった私は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。

 

再び車に戻り、エンジンをかける。

 

車内に残るのは、香ばしい匂いと、満席の看板に阻まれたという現実。

 

逢阪の関は、行き交う人々の運命を分ける場所であり、私はそこでまたひとつ、すれ違いを経験した。

 

道は続いている。

 

私の前にはまだ多くの選択肢がある。

その中の一つとして、このうなぎ屋の扉をくぐらなかったという小さな選択が、どこか心に引っかかる。

しかし、それが運命の分かれ道であったとするならば、私はただその流れに身を任せるしかない。

 

午後の陽射しが強さを増す中、私は再び走り出した。

逢阪の関を通り過ぎ、次の分岐点へと向かう。

 

どこへ行くのか、何が待っているのか、それを決めるのは、いつだって私自身だ。