山口県、光市。
俺は出張でこの土地に降り立った。
ビジネスのスーツは砂と汗にまみれ、時計の針は仕事の終わりを告げていた。
疲れた身体を引きずり、虹ヶ浜へと足を向ける。
こんな場所、いつもなら通り過ぎるだけだ。
しかし、今日は違う。
風が頬を撫で、夕焼けが海に溶け込んでいくのを見て、立ち止まった。
目の前に広がる風景は、まるで過去の記憶を呼び起こすかのように、心の奥底を刺激してくる。
波打ち際に座る人々の影、遠くに見える山々のシルエット、そして夕陽のオレンジと赤が水面に反射して、どこか懐かしい。
ふと、俺は笑った。
「こいつはいい。こんな場所でなら、背中にナイフを隠した奴に出くわす心配はなさそうだ。」
俺の街は、いつも騒がしく、汚れている。
だが、この光市の虹ヶ浜は違った。
ここには無駄なものは一切ない。
ただ、静けさと美しさだけが存在する。
それがかえって不気味で、妙に落ち着かない。
俺は、胸ポケットに忍ばせたウイスキーのフラスコを取り出し、夕陽を見ながら一口含む。
「クソ。こんなにも綺麗な場所に出張だなんて、俺は間違った仕事を選んだのかもしれない。」
ジョークで済ますには、ここはあまりにも完璧すぎる。
ビジネスの疲れを癒すには、まさに持ってこいの場所だ。
だが、俺はそんな安らぎを求めているわけじゃない。
虹ヶ浜、ここは平和すぎて、俺のような男には似合わない。
「こんな場所で過ごす時間が長すぎると、牙を抜かれちまう」
と思いながら、俺は立ち上がった。
背後から吹く潮風が、日常の喧騒を忘れさせる。
「だが、現実は甘くない。」と心の中で呟き、再び街へと戻ることを決意する。
こんな場所でのんびりしているわけにはいかない。
俺には仕事がある。
虹ヶ浜の夕陽に別れを告げ、俺は闇の中へと溶け込んでいった。