会社を出た時、ふと夜空を見上げた。
そこには驚くほど見事な満月が、まるで静かに空を支配しているように輝いていた。
街の喧騒から抜け出すこともせず、僕はポケットからiPhoneを取り出し、レンズを向けた。
シャッター音が冷たい風の中に溶け込み、すぐに確認したが、スクリーンに映るのは、どう見ても月ではなかった。
白い球体が滲んで、まるで他の何かに変わってしまったようだ。
iPhoneの限界か、それとも僕の腕が問題か。
答えはわからないが、ひとつ確かなのは、写真に残せないほどの美しさが目の前にあったという事実だ。
この名月は秋の象徴かもしれない。
涼しい風が吹き始めるその瞬間を待ち望んでいたのだが、現実は違った。
秋を告げる月がどんなに美しくとも、夜の空気は容赦なく暑さを纏っている。
汗ばむシャツが背中に張り付き、秋の訪れを感じる余裕さえ奪われるほどだ。
都市の照り返しに加え、湿気がまとわりつき、冷たいビールを片手にしても、この残暑は癒しを与えてはくれない。
ふと思う。
この残暑が和らぐことはあるのだろうか。
いつまでこの季節は、僕たちに耐えろと言ってくるのか。
答えは風に聞いても無駄だろう。
きっと、月もそんなことを考えながら、静かに僕たちを見下ろしているのだろう。
この満月を見て感じることは人それぞれだろう。
だが僕は、こんな熱帯夜にだって、月は変わらずそこにあり、誰もがその輝きに目を奪われる。
それは確かだ。
どんなに写真がぼやけようとも、目で見たその光景だけは記憶に残る。
目の前の現実がどんなに厳しくても、この一瞬の美しさは、僕たちの心に深く刻まれていく。
そう信じたい。
iPhoneの限界がどうであれ、今夜の満月は、秋の訪れを感じさせる唯一の証だ。
どんなに暑かろうと、僕はその月を見上げることをやめないだろう。
そしてその時、涼しい秋の風がようやくこの街に戻ってくるのかもしれない。